混声合唱団 麗鳴

東京都府中市で主に活動している混声合唱団

「ティオの夜の旅」関連書籍 その1〜夏の朝の成層圏〜

かわばたです。いよいよ第20回定期演奏会が今月末7月28日という事で迫って参りました。
演奏会では混声合唱組曲「ティオの夜の旅」全曲を演奏しますが、この曲の詩に関連した書籍をご紹介致します。
一冊目は、池澤夏樹さんの小説、「夏の朝の成層圏です。

夏の朝の成層圏 (中公文庫)

夏の朝の成層圏 (中公文庫)

なお、小説の内容の核心に関する事を書いています(いわゆるネタバレをしています)ので、これからこの小説を読もうとしている方はご注意くださいませ。


池澤夏樹さんは「ティオの夜の旅」の作詩者です。「環礁」は詩集「塩の道」に収録されている詩ですが、「塩の道」の発表はwikipediaによると1978年、一方「夏の朝の成層圏」の発表は文庫本の奥付によると1984年9月ですので、詩の方が先に世に出ている事になります。
また、「夏の朝の成層圏」には、「環礁」で描写されている事がしばしば登場します。たとえば
・題名の「夏の朝の成層圏
・外洋から環礁に波がぶつかって飛び散る様
などです。

この事から、「夏の朝の成層圏」は、先に発表された「環礁」を参考に書かれているのでは、と推測しています。なので、この小説を読むと「環礁」の詩の世界の理解が進むのでは、と考えました。

「詩の世界の理解」と書いたとおり、「環礁」の詩は直感的に理解しづらい表現が出てきます。「夏の朝の成層圏」とか「幸福な死体」とか・・・。

という訳で、「環礁」と「夏の朝の成層圏」とを読み比べて、詩の読解を試みようと思います。なお、以降では

  • 「環礁」→「詩」
  • 「夏の朝の成層圏」→「小説」

と記述します。

「夏の朝の成層圏」とは

「夏の朝の成層圏という言葉は詩に登場しますが、なんだろうこれ?とずっと思っていました。この言葉の意味を知るために、題名そのままの小説を読んでみます。
小説の主人公は、静岡県の地方新聞の記者である「ヤスシ・キムラ」です。キムラヤスシさんという名前だと思いますが、どういう漢字かは明らかにされません。両親はずっと以前に亡くなり、家族はいない様子が描かれています。
また、この小説はヤスシ・キムラさんであるところの「ぼく」が書いた小説、という形になっています。
マグロの遠洋漁業の取材のために「ぼく」は焼津港から出港する漁船に乗り込みますが、取材中に大波に攫われ、船から海に落ちてしまいます。数日間の漂流の後、環礁に囲まれた小さな島に流れ着きます。外洋は波が高く潮の流れが激しいのですが、円形の細い珊瑚礁であるところの環礁は防波堤の役目をしており、環礁の内側の海は浅く、潮の流れもほとんどない平和な海となっています*1
あと、珊瑚礁があるということは当然ながら暖かいところ、熱帯地方となります。
いわゆる南の島に漂流した「ぼく」は、道具もほとんど無い中でサバイバルをします。島には椰子の実が成り、バナナも生えていて、かつ「ぼく」一人が生きて行く分には十分な量があります。
島に漂着してからは、とにかく生き延びるために毎日椰子の木に登って実を落として中の果汁を飲み、バナナを食べて過ごします。魚を捕まえようとしますが道具が無いと捕らえる事は難しいので出来ません。ただし貝は海にもぐって拾えたので食べたりします。
南の島で暖かく、雨も滅多に降らないので(ただし降る時は物凄い量のスコールとなります)、砂浜でそのまま寝る事が出来るため、食べ物さえあれば生命の危険はあまり無い状態となります。
そんな日々を数十日も「ぼく」は過ごすのですが、ある事をきっかけに今いる小さな島(「ぼく」の命名するところの「アサ島」)から、環礁の中のもっと大きな島(「ユウ島」)に泳いで移動します。ユウ島はアサ島より大きく、椰子の木とバナナの木の他にも食べられる植物が多くありました。そしてなんと、アルコール中毒の療養のために一人で滞在しているアメリカ人の中年男性「マイロン」の家がありました。マイロンから釣り針やモーターボートなど、まさに「文明の利器」を借りてから、「ぼく」の生活はぐっと質が向上します。椰子の実はこれまではカメラ(記者なので持っていたのです)の金具でこじあけていましたが、山刀を手に入れてからは空けやすくなりますし、釣り道具を手に入れてからは魚も手に入りました。また、家にあったこの地方の文化についての学術書を手に入れたおかげで、島のほかの植物の食べ方がわかるようになりました。

なお、マイロンは無線で外部との通信が出来るので、その気になれば助けを呼んでもらう事が出来るのですが、なぜか「ぼく」はそうせず、島での自給自足の生活を続けています。その理由は小説に以下のように書かれています。

「ここの生活はおもしろかったし、僕は今もこの島に愛着を感じている。ここで暮らすのは、まるで地上を離れて高い空の上で、成層圏で暮らすようなものだった。暑い、さわやかな、成層圏だ。」
中公文庫「夏の朝の成層圏」P.202より抜粋


前置きがかなり長くなりましたが、「夏の朝の成層圏」とは、地上から遠く離れた成層圏のような、今までいた文明社会から隔絶された島の暮らしの事を指しているようです。また、「夏の朝」なので爽やかで過ごし易いという、前向きな印象も持ちます。

・・・これは詩からだけでは読み取ることが出来ないと思います!まあ、この解釈が曲の理解として正しいと決まった訳ではないですけどー。

なお、「ぼく」がすぐに救助を求めず島での生活を続ける理由はもっといろいろあるのですがそれは読んでのお楽しみと言うことで割愛いたします。

環礁はどこにあるのか

小説の中で、「ぼく」がマイロンに始めて出会った際に、ここはどこなのか尋ねると、クワジェリンからモーターボートで六、七時間のところにある「ウトマハク環礁」であると教えてもらいます。
ウトマハク環礁は調べた限りではどうやら架空の地名のようですが、クワジェリンは実在の地名です。

クワジェリン環礁
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A7%E3%82%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E7%92%B0%E7%A4%81

クワジェリン環礁は、ハワイ、ホノルルの南西3,900キロメートルの北緯8度43分、東経167度44分に位置するそうです。


大きな地図で見る

モーターボートが仮に時速40キロメートルと仮定すると、ここから約240〜280キロ圏内に存在する事になります。とにかく赤道に近い熱帯地帯と思われます。まあ椰子の木も珊瑚もあるからそうなんだろうなあと思うのですが、詩をパッと読んでもなかなか意識できないのでした。

「幸福な死体」とは何か

詩の中には、「幸福な死体」という言葉が出てきます。水中で錆びた沈没船の船倉の片隅で、ゆっくり揺れている「幸福な死体」という感じです。これは小説には出てきません。死んでるのになんで幸福なのでしょう。
小説からヒントになる物は無いかと考えてみました。
「ぼく」が住んでいたウトマハク環礁は、マイロンの説明によると、米軍のミサイル実験(核兵器ではないらしい)*2のために原住民は移住させられて無人島になり、その後帰還を試みて島へ帰って行った人々もいるのですが、何故か行方不明となってしまい、以降帰還する人もいなくなり完全に無人島になってしまったそうです。

帰還を試みた人々が行方不明になった理由は小説の中で明らかにされませんが、小説の後半で「ぼく」は、島に帰ってきた人々が、待ち伏せしていた兵士に銃殺され、その後、軍用ヘリコプターから落とされた爆弾で吹き飛ばされる夢を見ます。

なので、「沈没船の中でゆらゆら揺れている死体の方が、殺された人に比べたらまだまし」=「幸福な死体」説を考えてみました。そして「詩」の「落下する陽光が〜」は殺された人の描写なのではないか、と考えます。

それが詩人の意図なのかとかそもそも詩と小説とは本当に関連してるのかとか考えると非常に怪しいので、まあ参考程度と言う事で・・・。

穏やかな南の島の生活

小説は、「ぼく」が漂流してその後、島を去る直前までを描いていますが、舞台として描かれる環礁の中の島での生活はとても魅力的に描かれています。珊瑚礁の向こうにある水平線、その上に浮かぶ帆船のような雲、波も少なくサメもいない、熱帯魚が泳いでいる海、熱い砂浜、美しい夕焼け、などです。観光の宣伝みたいですが、淡々とサバイバル生活を営んで、文明から遠く離れた「ぼく」を通して見るこれらの風景は、強烈な印象を与えます。著者のこの他の小説には、南の島、海、珊瑚礁などが多く登場しますので、著者自身がとても印象的に感じた事物なんではないか、と考えます。
南の島の美しい風景の描写、といえば組曲の四曲目「ローラ・ビーチ」が思い浮かびます。
ちなみに関連があるかはわかりませんが、クワジェリンと同じマーシャル諸島の中にある「マジュロ環礁」にはローラ地区という場所があり、そこに観光に行った人の日記によるとローラ・ビーチというビーチがあるそうです。

まとめ

ここまで色々書いてみましたが、作詩者および作曲者の意図が上述の内容と一致するとはとても思えません。しかしながら、詩の理解を試みる事は漫然と歌うだけよりはマシだと信じております。出来たら小説を読んでみて詩と照らし合わせてみたらいかがでしょう。
ちなみに小説は2012年7月現在、Amazonでも入手しづらいようです。私は2003年くらいにヴィレッジヴァンガード下北沢店の池澤夏樹コーナーで見つけて買いました。書店で探してみたらいかがでしょう。麗鳴のみなさまは、興味あればお貸しいたしますのでご連絡くださいませ。

では。

*1:ここは組曲の4曲目「ローラ・ビーチ」の「ぬるい浅い水」という詩を思い浮かべました

*2:ちなみにクワジェエリンは米軍基地のある島だったりします。さらに遡ると太平洋戦争時の日米の激戦地だったりもします